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社長がスーツを着ない理由

200年企業ビジョン

両親から受け継いだ会社

父は浅草に生まれ小学校のときに戦火を逃れ、ここ菊川に疎開してきました。祖父母と姉妹の家族7人は風呂のない小さな借家で暮らし、最初は親戚も知人もないため食べるものにも苦労したそうです。父が他界する前に当時のことを詳しく聞こうとしたのですが、話してくれませんでした。よほど苦労したのではないでしょうか。転機は、東京でパン屋の修業をしていた祖父が、父の中学卒業を契機に菊川駅前でパン屋さんを始めたことで訪れました。戦後の復興期にあたり店は連日大繁盛。4人姉妹が美人揃いだったことも集客に役立っていたと聞いております。そして、昭和38年10月に私が長男として生まれました。翌年の昭和39年9月に「有限会社斉藤製パン」を創業したことに私の誕生が関与したのかどうかはわかりませんが、その後も、両親は休みもなく働き続けて私と二人の弟妹を育ててくれました。私の記憶には働いている両親の姿しかありません。

平成8年に住宅事業部を創設

そして、平成8年。私が独立する際に、母は有限会社斉藤製パンの住宅事業部として創業したらどうかと勧めてきました。今思えば、そうすれば私の財務内容を知れて安心だったのでしょう。「ウィングホーム」に社名変更していいと言ってくれたので、父の会社の一事業部という形で住宅事業をスタートしました。その後両親が高齢のため引退し、それからは、工務店を主体とした会社に定款を変更しました。その後、不動産、建材販売、保険、介護と事業を増やし今に至ります。

200年企業を目指す

日本には創業200年を超える企業が3千社以上あり、世界最多だと言われています。創業100年以上となると2万社に上り、その89.4%は従業員300人未満の中小企業だそうです。日本の企業が世界一の長寿でいられる理由としては、日本が島国であり海外の企業との競争が少なかったこと、日本人の思想や宗教の中に共存共栄の精神が根付いていること、経済とは経世済民(世を経(おさ)め、民を済(すく)う)との教えがあり、地域に深く根付きながら企業活動を行っていることがあげられます。

ウィングホームは、おかげさまで創業から54年(住宅部門設立から20年)が経過しました。この先、100年、200年継続する企業であるために、昨年、下記の200年企業ビジョンを策定しました。

200年企業になるための8箇条

(一)時代に左右されない経営理念、ビジョンを掲げ、それを経営者のみならず全社員が自分の価値観として落とし込み実践します。

経営理念「お客様の思いを形にするお手伝いを通じて、共に喜び成長し、携わる全ての人の幸せと豊かな社会を創造する。」

ビジョン「日本一、愛と勇気を分かち合える工務店です。」

(二)「企業は人なり」。「人」が全てです。経営トップのすべきことは、社員がストレスや不安なく最大のパフォーマンスが発揮できる環境を与えることです。社員教育を常に実施し、後継者の育成を図ります。

(三)健全経営を続け、目先の利益に走るのではなく、長期的展望にたって事業計画を策定します。人、金、資源(エネルギー)を大切にして、無理無駄を省き、コストパフォーマンスを向上します。

(四)会社の信用(ブランド)を守ることを最優先します。経済学者ドラッガーの言葉に「知りながら害をなすな。」がありますが、プロとして知っているのに、それに目をつぶって営利に走ることが一番の罪です。それは仕事ではありません。

(五)ひとたびご縁があって顧客になっていただいた人を一生大切にすること。「人と人」との関わりを大切にします。

(六)地域にとって必要とされる企業であること。無くなったら地域が困るというレベルまで地域に根付くこと。

(七)現状に甘んじないで、常に変化を意識し、技術革新を目指す姿勢。いきなり大きな変化にチャレンジするのではなく、日々小さな変化を繰り返すことを習慣とすること。

(八)長い間には、予期せぬ困難が生じることもあります。その場合でも慌てずに、事実をしっかりと受け止め、新たな学びを得るためのチャンスとして捉えて、さらなる飛躍のためのステップにすること。

時代が変われば多少の文言は変わるかもしれませんが、根本的な思いはずっと受け継いでいってもらいたいと思います。

斎藤元志

投稿者: 斎藤元志 社長

ウィングホーム株式会社の創業者であり、現社長。スタッフを家族のように愛しつつ、主体性や個性を尊重する経営スタンスは、独自の世界観を漂わせている。日本屈指の断熱性能を誇る注文住宅を市場に提供し、自らを「断熱バカ」だと揶揄する一面も。 漆喰(商品名ホワイトウォール)などの塗り壁材、建築建材のメーカーであるオメガジャパン株式会社の代表取締役 社長。 元ラガーマンである。